〈形成〉口・唇の診療 唇裂・口蓋裂
上くちびるが生まれつき裂けているものを唇裂、上あご(口蓋)が裂けているものを口蓋裂と呼んでいます。唇裂と口蓋唇裂は合併して現れることも多く、全体の半数を占めています。
日本人の場合、発生頻度は400~500人にひとりと言われています。人種的にもこの割合は異なり、白人では日本人の約半分、黒人は2000人にひとりと報告されています。いずれにしても日本人に圧倒的に多い先天異常のひとつです。
治療は、ただ単に裂けているところを閉じれば良いというものではありません。哺乳の問題、発音の問題、歯並びの問題、聴こえの問題など様々な問題が重なり合っていますので、形成外科だけでなく、小児科、言語治療科、小児歯科、矯正歯科、耳鼻科など各科が協力したチーム医療が必要になります。従って、病院の選択は慎重に行って下さい。チーム医療により唇裂口蓋裂は完治するといっても決して過言ではないでしょう。
手術を受けるまで
【ご両親・ご家族の方へ】
唇裂・口蓋裂の赤ちゃんが生まれたときのご両親の驚きは察するに余りあります。ただ、悲しみ悩んでばかりいても問題は解決しません。これからの治療を乗り越えていかなくてはならないのは、子供さん自身であることを理解された上で、唇裂・口蓋裂という病気に積極的に取り組んでいただきたいと思います。 前回もお話ししたように、形成外科、小児科、言語治療科、小児歯科、矯正歯科、耳鼻科などの各科が協力した チーム医療により、唇裂口蓋裂は完治すると言っても決して過言ではありません。
【哺乳】
唇裂・口蓋裂があっても哺乳訓練により自力哺乳は可能です。 生後の哺乳も健常児と同じように進めて行くのが普通ですが、初期にはある程度の哺乳障害(哺乳時間の延長や空気嚥下、誤嚥など)をきたすことが多いようです。特に直母(直接お母さんの胸乳を吸う行為)は困難で、普通は哺乳ビンから哺乳の練習をはじめます。乳首は、最初のうちは硬いゴム質より柔らかいゴムの方がよく、馴れるに従って硬い乳首を使います。それでもうまく吸えない場合は、乳首の穴を少し大きめにしてあげるとか、スポイト様の乳首を用いて哺乳させます。こうして、ほとんどの赤ちゃんは自力哺乳が可能となります。手術までの口唇や下顎の発達・強化を促すためにも、安易な注入栄養より、自力哺乳を心がけましょう。
手術時期
口唇裂の手術は、生後3カ月、体重6キロを目安に行います。この頃になると、赤ちゃんの全身状態も落ち着きますし、ご両親をはじめ家族の方の気持ちの整理もできます。哺乳障害があって体重がなかなか増えないときは、手術の時期を遅らせることもあります。
口蓋裂の手術は、あまり早く行うと、手術により口の中の状態が変わって息がしにくくなりますから、赤ちゃんにとって負担が大きくなります。また、2才を過ぎる頃から急速に言葉が発達しますので、2才過ぎに手術をすると手術後の言葉の修正がむずかしくなります。このような理由から、1才前後、体重10キロを一つの目安として手術を行います。
手術について
【麻酔】
全身麻酔で行います。ただし、10歳を過ぎて唇や鼻の簡単な修正を行うような場合は、局部麻酔でも可能です。
【手術】
口唇裂の手術は、昔はただ裂けている部分の端を切り取って縫い合わせるといった簡単な方法でしたが、今日では比べものにならないほど緻密な方法が用いられています。皮膚、筋肉、粘膜を本来あるべき姿に組み立てなおします。
口蓋裂の手術は、単に裂けているところをふさぐだけでなく、正常な鼻咽腔閉鎖機能を獲得することにあります。
人間は、言葉を話したり物を食べたりするときに、軟口蓋が後上方に移動して鼻と口の間に境をつくり、空気や食べ物が鼻の方に漏れないようにします。これが「鼻咽腔閉鎖機能」です。ところが口蓋裂があると、口蓋に裂け目があるだけでなく、口蓋の長さ自体も短く、また軟口蓋を動かす筋肉の位置にも異常がある為に、十分な鼻咽腔閉鎖機能が果たせません。従って手術では、裂け目をふさぐだけでなく、筋肉の走行異常をなおしたり、口蓋全体を後方に下げるようにします。
入院期間について
口唇裂で1~2週間、口蓋裂で2~3週間みておけばよいでしょう。
退院後の注意
口の中の傷は、唾液の流れ、舌や食べ物の刺激、口腔内の陰圧・陽圧といった過酷な条件のもとで創傷治癒を営むわけです。
手術後1ヶ月は、おかゆ程度の柔らかさのものを与えて下さい。せんべい、キャラメル、あめなど、硬いものや口の中にくっつくものは避けましょう。また、食後は食べ物が口の中に残らないよう、うがいをさせたり、白湯を飲ませたり、口内の衛生にも気を配りましょう。
術後の経過について
手術直後は、くちびるや鼻の位置が多少過矯正になっていたり、組織の腫れなどもあって、傷を見てびっくりされるお母さんもいらっしゃいます。また、退院後も傷あとの赤味や硬さが暫く続きますが、3カ月を過ぎる頃から硬さやひきつれもとれ始め、1年位たつと赤味もおさまってすっきりしてきます。傷も赤ちゃんと一緒、長い目で見てあげて下さい。
修正手術
口唇裂でも程度の軽いものは、1回の手術できれいになりますが、完全唇裂などでは鼻の変形が残ったり、人中のくぼみがうまくできないことがあります。私たちは、これらの修正手術を3才過ぎに行うことにしています。その理由としては次の事が挙げられます。
- 手術後の1年位は、前の手術の影響が残っていて、あわてて手術をしても良い結果が得られないことが多い。
- 鼻の成長の最初のピークが3才頃にある。
- 幼稚園などの集団生活が始まる前にきれいにして、心理的負担を少なくする。
- その他
修正手術のあとは、成長をみながら必要があれば手術を追加する、ということになります。 また、顔全体のバランスを考えて隆鼻術など美容外科的手術を行うこともあります。
患者さんたちが無事成長して幸せな結婚生活を迎えられる日まで、私たちはお付き合いする覚悟でおります。